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土佐市の洋菓子店の厨房。ここで商品開発に没頭する大原一郎さんは、県内で唯一、フードプロデューサーの肩書きを持つ男性。商品の開発から販売、パッケージまでをトータルコーディネートする、いわば売れる商品の仕掛け人。大原さんは高知市生まれ。大阪でホテルのシェフなどをつとめ、17年前に独立。売れる商品の企画立案を自ら手がけたいと、フードプロデューサーを志しました。その実績は目を見張ります。窪川ポークを使って、四万十町「あぐり窪川の豚まん」を開発、年間売り上げ1億円の大ヒットに…。中土佐町では生産農家がつくる「イチゴのケーキ」が、売り上げ8000万円を超える町の名物に…。大原さんの商品に共通することは、人気が一過性でなくずっと持続することです。その秘訣は、大手食品会社にはマネできないインパクトのある独特な商品作り。「百姓のつくるケーキが売れるはずがない」とくり返す農家の女性たちに、大原さんは生産者の強みを活かそうとイチゴのケーキづくりをアドバイスしました。また、隠れた食材を地元の人たちの手で地域のブランドに磨き上げること。他にはないイチゴの新鮮さ、その味が武器となり「風工房」は年間3万人が訪れるスポットになり、今ではケーキづくりが農家の女性たちの自信と誇りになっています。高知には輝く人や物がたくさんある。その原石を輝かせることに生きがいを感じて…。大原さんは地域に笑顔の輪を広げていきます。
高知を舞台に行われる女子フットサルの全国大会トリムカップで高知県選抜チームの指揮を執る女性がいます。けがで現役を断念、いまは高知で女子サッカーの普及と育成に全力を注いでいる岡本三代監督(31歳)です。岡本さんは、県内の女性でただ一人サッカー指導者としてB級のライセンスをもつ若き指導者です。高知市生まれの岡本さんは、中学生の時に日本の女子トップリーグ・Lリーグの強豪鈴与清水FCにスカウトされ単身、静岡県の高校に進学。サッカーに集中できる環境の中でメキメキと実力をつけ2年目からは高校生ながらレギュラーとして活躍、将来の日本代表入りも確実視されていました。 しかし、試合中の接触プレーでサッカー選手の命ともいえるひざの靭帯を痛め手術すること6回、不況の影響でチームも事実上解体し岡山のチーム「湯郷ベル」に移籍します。発足したばかりのチームでは選手たちが温泉宿で働きながらサッカーに取り組むという厳しい環境でしたが、支えてくれる人々の温かさを知ったと言います。しかしここでもケガに苦しみ帰郷。高知で指導者として
第2のサッカー人生を歩み始めました。今の職場は高知県サッカー協会。昼はここで働き、夜はサッカーやフットサルを指導する毎日。一昨年Lリーグの監督もできるB級ライセンスを取得したことで今回、トリムカップの県選抜監督に抜擢されました。31歳とまだ若く選手ともほぼ同年代、傍目に見ると選手と監督には見えません。トリムカップ開幕まで1週間余り…女子フットサル県選抜の監督として初陣に臨む岡本さん、挑戦が今、始まろうとしています。
事故や病気で身体の一部を失った人たちに、義手や義足を作ることで社会復帰への手助けをする「義肢装具士」。高知市城山町にある「かなへ義肢製作所」の岩本征也さん(34歳)。義肢装具の最先端の国、アメリカで認められた日本人3人のうちの一人です。岩本さんは50年以上続く装具士一家の3代目として、小さい頃から義足や義手に触れてきました。専門学校卒業後、さらに高度な技を学ぼうとアメリカに留学。日本にない義足作りの知識や発想を目の当りにしました。帰国後、理想とする義肢装具を目指し製作活動に没頭します。義足だけで年間に100件以上を製作、パラリンピックにも出場したアメリカ人アスリートの義足も手がけました。岩本さんが大切にしているのは、人間の自然な動きに限りなく合わせることが出来る義足作り。そのためアメリカの最新技術をいち早く取り入れています。また、定期的に患者と話し合いながら調整し、その人にあったものに仕上げていきます。自分の学んだ技術で多くの人に笑顔になってもらいたい。岩本さんは今日もたゆまぬ努力を続けています。
今夏、大学サッカー日本一を決める決勝戦の舞台にたった高知大学、大会史上初めて地方の国立大学の進出でした。指揮をとるのは野地照樹監督(59)、教育学部教授です。野地さんは広島県出身。中一の頃サッカーを始め、東京教育大(現・筑波大)在学中には全国制覇も経験。読売クラブの初代メンバーにも入る名選手でした。当時、日本にはプロリーグはなく、28歳の時高知大学の助手として就職、指導者の道を歩み始めます。その後コーチ資格をランクアップさせ、大学の日本代表監督も経験、海外研修などを通して、自分の目指すパスを主体としたサッカーを確立し、高知大学のレベルアップを図ります。その指導が実を結び、いつしか高知大学は全国の強豪チームの仲間入りを果たしていました。チームを率いて32年、高知のトップチームの責任として「サッカーの楽しさ素晴らしさをより多くの子どもたちに教え広げていきたい」という野地さんの思いは、教え子たちによって着実に広がっています。
四万十市の「トンボ自然公園」。休耕田を利用してつくられた5.7ヘクタールの水辺には、全国で最も多い76種類のトンボの生息が確認されています。世界でも類のない「トンボ保護区」を実現させ、公園を管理・運営する常務理事の杉村光俊さん(54歳)。四万十市で生まれ育ち、少年の頃珍しいトンボを夢中で追いかけた杉村さんは、宅地開発などで失われていくトンボの棲家を残したいと、独学でトンボの研究に没頭しました。やがて目指すトンボ王国づくりに賛同した、多くの市民や企業から寄付が寄せられ、今の場所に土地を購入、トンボの棲家となる池づくりには、延べ1000人を超えるボランティアが集まりました。こうして1988年、世界初のトンボ保護区を誕生させました。今、気がかりなことは東南アジアの亜熱帯地域にしかいないベニトンボが普通に飛び交うようになったこと。地球の温暖化や県内の乾燥化を示す現象だといいます。トンボの生態を観察することは、私達の住む環境の変化を知ることにつながる。杉村さんが一貫して伝えるメッセージです。
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