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住宅の耐震化に取り組む 立道和男さん

16年06月09日(木)

耐震診断・工事を手がける県中小建築業協会・会長の立道和男さんをご紹介しました。

立道さんはこれまでにおよそ900棟を手がけてきた
住宅耐震化のエキスパートです。耐震診断士の資格を持つ立道さん。
住宅の耐震化は耐震診断・設計・改修の順で行なわれ、診断では柱や基礎部分の状態などを調べ
地震の揺れに対して住宅がどの程度の安全性を持っているかを調査します。
耐震化では補強する場所が増えれば増えるほど費用がかさみますが、
立道さんは「低コストで最大限の効果」をモットーにしています。それを実現するために導入したのが
基礎部分をコンクリートで固めボルトで柱を補強する「ベースブロック工法」と呼ばれるものです。
この工法では補強する場所を限定でき、それでいて十分な強度が確保できるといいます。

大阪府の出身の立道さんは梼原町出身で大工だった父親の影響で自然と建築に興味を持ち、
高知県内の高校を卒業後父親に弟子入りしました。半ば、強制的に独立させられた立道さんですが、
持ち前の負けん気で大阪で工務店を開業。経営が軌道にのり顧客も順調に増えていたころのことでした。

1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災。震災から2日後、立道さんは顧客からの連絡を受け
神戸市に入りました。「自分にできることは何か」立道さんは建築の知識を活かし被害のあった住宅の危険度を
独自に調べました。

またことし4月の熊本地震を受け立道さんらのもとに寄せられる耐震化についての相談件数は
8倍になったといいます。いまなお県内には耐震化が必要な住宅がおよそ7万棟あるとされています。

2002年に妻の実家がある高知に移住した立道さんは
自らの仕事として耐震化に取り組むとともに、技術やノウハウを伝えようと
8年前から工務店などを対象にした講習会を開いてきました。
自分だけではなくより多くの業者が耐震化に取り組めば
守れる命が増えると考えたからです。

そんな立道さんが
仕事をする上で
 最も大事にしていることは

「一期一会」
   
地震の発生時に家に居てケガをしたり命を失ったりする人を1人でも少なくしたい。
県内すべての住宅の耐震化が立道さんの願いでもあります。

子どもの貧困問題に取り組む 中島香織さん

16年05月26日(木)

子どもの貧困問題に取り組む中島香織さん(39歳)を取り上げました。
中島さんは高知城の南側にある丸ノ内ビルの中にある「法テラス高知」で働く弁護士。
法テラス高知はお金がない人にも利用してもらえるように国がつくった法律相談所です。

いま高知で生活保護を受けている世帯は2.8%。大阪、北海道に次ぐ全国ワースト3位です。さらに、子どもへの影響は深刻で生活保護以下の収入で暮らす子育て世帯の割合は全国で13.8%、高知では18.9%にのぼるといいいます。貧困が子どもにもたらすものは経済的困難だけではありません。日々の生活習慣や健康、社会とのつながりなど貧困は子どもたちから様々なものを奪います。

そんな状況を何とかしたいと去年1月、中島さんは貧困にさらされる子どもたちが社会とつながり安心して過ごすための場所をつくりました。それが高知市旭町に一軒家を借りてオープンした「みんなのひろっぱ」です。毎週土曜日には地域の子どもにも開放していますが支援が必要な子どもには曜日を問わず個別に対応しています。中島さんが貧困問題の中でも特に子どもの支援に力を入れているのには理由があります。ひとつは居場所を見つけられず非行に走った子ども達を数多くみてきたこと。もうひとつは自身の子育て経験です。自身の経験から子育てはまわりの大人や社会全体で支えるべきだと中島さんは考えています。

中島さんがもう一つ力を入れているのが子どもの学習支援。代表を務める「こうちこどもサポートネット」では毎月第1・第3土曜日に経済的な理由などから塾などに通えない子ども達へ無料で勉強を教えています。ここでも中島さんは優しく見守ることで安心できる大人がいることを伝えています。

そんな中島さんがずっと大切にしている言葉は

「だめでも大丈夫」

弁護士の枠を超えて子どもの支援に取り組む中島さん。
子どもたちのよき伴走者としてこれからも走り続けます。

【最新の映像機器で地域を再発見 森下克彦さん】

15年07月02日(木)

今日は、最新の映像機器を使って、地域の再発見につなげようと活動する
四万十町の男性です。四万十町内の四季折々の風景を空から映した映像の
数々。四万十CATVが町内で放送している番組が評判を呼んでいます。この映
像を撮影しているのは、四万十CATVの森下克彦さん(29)。
最新の機器を駆使して、地域の姿を映像に収める森下さん。そこに込められた
思いとは・・・。
 四万十町窪川地区にある四万十CATV。町内の8割を超えるおよそ7200世帯
に向けて、地上波・BSなどのテレビ番組や地域のニュ-ス・情報を集めた自主制作
番組などを手掛けています。開局当初からのスタッフ森下さんは、最初の頃は制作
部門の担当でしたが、最近では、通信設備のチェックなど技術的な分野まで担当
しています。
 森下さんが最近、力を入れているのが、ドロ-ンと呼ばれる複数のプロペラが
付いた無線操縦の小型マルチコプタ-。小型のカメラが搭載されていて、空からの撮影
が可能です。GPSとセンサ-で機体を安定させ、コントロ-ラ-を使って操縦します。「休み
の日も練習して、カッコイイ映像や良い映像を撮りたいと思って勉強しながら練習
しました」と森下さん。この日は町内のバイクショップが企画したオフロ-ドバイクの
大会に取材に出かけました。疾走するオ-トバイを空から撮影します。1回の飛行
は5分から10分ほど。バッテリ-を替え、良い映像を狙って何度も挑戦します。
大会の様子をまとめた映像は、コ-スの全景がよく分かり、ダイナミックな躍動感に
溢れています。
 森下さんがあるものを見せてくれました。想い出の詰まった高校時代から
使っていたカメラです。大豊町出身の森下さんは、父親の影響で小さい頃から
映像に興味を持つようになりました。高校生になると、大きな業務用カメラを担い
で各地を撮影に回るようになり、県内のTV局の投稿コ-ナ-に作品を送っていまし
た。「普段見る光景とファインダ-を通して見る光景は違うので、それをTVで皆さん
にどんな風に見てもらえるのか考えて撮るのが楽しかった」と映像の魅力を
話す森下さんは、関西の大学で本格的に映像を学び、番組制作会社からも内定が
出ていましたが、四万十CATV開局の話を聞き入社します。「自分のふるさとで
TVの仕事ができたらという思いだったので帰ろうと思った」と森下さん。
 入社以来、地域の情報を伝えるために町内の史跡やイベントに足繁く通い、映像
に記録してきました。一昨年、四国のCATVでは第1号になるドロ-ンを導入。映像を
イメ-ジしながら自在に操れるよう練習を重ねてきました。「高知の歴史の詰まっ
た場所やモノなので、映像でずっと先まで残していきたい。空撮で今までと違う
形で、新しい視点で地域の魅力になれば」と森下さんは空撮への思いを話します。
その思いが形になり、一昨年から自主番組「モバイルム-ビ-」で空撮映像を放送する
ようになり、家地川ダムの桜や菜の花畑、四万十川のラフティングなど四季折々の
町内の様子を活き活きと伝え、地元の人達から絶賛の声が寄せられるようにな
りました。
 しかし、今年そんなドロ-ンの活用を阻害するような出来事が相次ぎました。
総理官邸への落下事件などをきっかけに政府は、ドロ-ンの規制強化の検討を始め、
各地の公園や人混みなどでドロ-ンの使用禁止が広がりました。とはいえ、ドロ-ンは
上手く使えば非常に役立つのも事実。去年8月の台風被害をきっかけに、森下さん
は防災面での活用について四万十町役場と共に有効活用の検討を進めています。
この様な取り組みが評価され、先月、全国のCATV局を対象にしたコンク-ルテで表彰を
受けました。
 今や、全国的にも注目を集める森下さんが大切にしている言葉とは・・・
【映像の力 森下克彦】「少しでも皆さんが楽しいとか驚くような映像が撮れ
たら。それで町の人達に新しい発見をしてもらって一人一人が自分の町に誇りを
持ってもらえるきっかけになれば」地域の魅力をもっと知ってもらうために
森下さんは、これからも新しい映像表現に挑戦していきます。

【伝統の技を受け継ぐ鍛冶職人 山下哲さん】

15年06月25日(木)

今日は、県内に古くから伝わる伝統の技を受け継ぎ、昔ながらの造り方に
こだわり続ける凄腕の職人です。高知の伝統工芸・土佐打刃物。かつて、全国で
も有数の刃物どころとされた高知で、400年の歴史を綴る伝統の技を、今なお
守り続ける男性がいます。しかし、機械の進化や輸入品の増加という時代の
流れにはあがなえず、需要が急激に減る厳しい状況の中、男性に転機が訪れた
のは、ある依頼がきっかけでした。今日の土佐人力は、その道37年の鍛冶職人
冨士源刃物製作所二代目山下哲さん(66)です。
 香美市土佐山田町の新改地区。田んぼやビニ-ルハウスが辺り一面に広がる小さな
集落に、長年、伝統を守り続けてきた職人の工房はあります。静かな集落にひ
ときわ響く高い金属音を立て、刃物を打つ山下さん。刀の製造技術を取り入れ、
400年の歴史がある伝統工芸・土佐打刃物の鍛冶職人です。土佐打刃物は、自由
鍛造と呼ばれる一つ一つを手作りする手法で造られます。合わせて三枚の両側
が鉄。真ん中に刃となる鋼を挟んで鍛えることで、衝撃に強く耐久性のある刃
物ができあがります。「機械で作った刃物に負けない切れ味の鎌を造るのが
自分達職人のこだわり」と山下さん。
 山下さんが主に造っているのは、農作業や草刈りに使われる鎌です。熟練の
手つきで、曲がっている腰の辺りの一番大事なところに鉄を厚く置くことで
強度を出し、刃となる先の部分をだんだん薄く伸ばす作業を何度も繰り返し
ながら、鋼を鍛えていきます。2008年には土佐の匠にも認定。「一手間二手間
かけたら良く切れる使い勝手の良い鎌になる」と山下さん。
 山下さんは、香美市土佐山田町出身。20歳を過ぎてから高知市内の会社に
就職し、海上クレ-ンの修理を行う仕事をしていましたが、出張で家を空ける事が
多かったことから家族との時間を大切にしたいと30歳の時、鍛冶職人だった
父親に弟子入りし、職人の道に進みました。始めた頃は、山下さんの工房がある
新改地区にも10軒ほどの鍜治場があり、多くの職人で地域は活気に満ちていた
と言います。しかし、農作業や林業の機械化が進み、手作業で一つ一つ草を刈っ
ていく鎌の需要は急速に減り、次第に職人の数も少なくなっていきました。
 厳しい状況が続く中、何とか商機を見出そうと取り組む山下さんに大きな
転機が訪れたのは今から20年前。小学生の子どもを持つある母親からの依頼
でした。「高知市内の雑貨屋さんの店員さんが、あるお母さんから子供に鉛筆を
削らせたいのでナイフを造って欲しい。先が尖ったナイフは危険なので、丸い
形のナイフはできませんかという問い合わせにヒントをもらって、頭の丸い
握りやすいクジラの形ができた」と話す山下さんは、刃先が丸く、子供でも安全
に使えるようなものに。何度もスケッチを繰り返し、形にしてはまた造り直す。
そんな試行錯誤の末に完成した商品は、くじらナイフと名付けられました。
 可愛らしい見た目と機能性が評判を呼び、土産物やプレゼントにとあっとい
う間に人気商品に。2004年には、「ニッポン全国むらおこし展」で最高賞にあたる
経済産業大臣賞を受賞しました。販売当時はマッコウクジラの1種類だけでした
が、今では6種類に増え、県内の観光施設やネット販売を中心に、年間で3000本
以上を売り上げる人気商品にまで成長しました。注文が増えても山下さんは
機械に頼る事はありません。一つ一つの刃先を研ぎ、自らの目で確かめながら
丁寧に手作業で進める。昔と変わらない伝統の造り方で一本一本に心を込めて
造る職人は、こんなこだわりを書いてくれました。【切味 山下哲】
「刃物職人として造る刃物全て切れ味が大事。いつも心配りしながら造っています。
使うお客様にいつまでも喜んでいただける切れ味の良い品物を造り続けていく
という気持ちです」。時代の流れにとらわれず、自らの目と腕を信じ、山下さんは
職人としてこれからも伝統の技を守り続けていきます。

【老舗醤油屋のれん守る四代目 竹中栄嗣さん】

15年06月18日(木)

今日は、須崎で醤油づくりを始めて100年。老舗お醤油屋さんののれんを守る
四代目です。日本の食卓に欠かせない醤油。須崎市に去年、創業100年を迎え
た老舗があります。丸共醤油四代目の竹中栄嗣さんは、この店を継いで今年
で10年。港町須崎の定番醤油の味を守り続けています。一度は廃業も覚悟し
た老舗の四代目が、須崎の味を守り続ける理由とは。今日の土佐人力は、丸共
味噌醤油醸造場の竹中栄嗣さんです。
 今や須崎を代表するソウルフ-ド鍋焼きラ-メン。橋本食堂はお昼時ともなると、
行列ができる人気店です。ラ-メンの味を左右するス-プ。鶏ガラから取った出汁
に加える醤油は昔から銘柄が決まってます。旨味を携えたその味は、多くの
鍋焼きラ-メン店で使われています。この醤油を造っているのが、須崎市中町の
丸共味噌醤油醸造場。1914年に地元の人達の共同出資で始まった老舗のお
醤油屋さんです。昭和初期に建てられた蔵の中には、昔から変わらぬ香りが
漂います。竹中さんは丸共の看板を守る四代目。味噌醤油を作り始めて10年。
 土佐清水市出身の竹中さんは、神奈川県で、地ビ-ル製造の仕事をしていま
したが、当時交際していた同僚の佳生子さんが家業の醤油造りを手伝う為に
帰郷。その後、結婚を機に妻の親族が経営していた店を継ぐ事を心に決めま
した。しかし、その頃、丸共醤油は正念場を迎えていました。職人や経営陣が
相次いで亡くなり、取引先も先細り。関係者は閉店を決意、取引先にその連絡
も済ませました。ところが、思わぬ反響が次々と寄せられました。「これが無い
と困る。何とか続けてくれんか」こうした地域の声に後押しされ、竹中さん
夫婦は看板を守ろうと一念発起しました。「本当は帰るつもりなかったが、
30歳になってふと、一回帰ってみようかなと。日本の伝統調味料の醤油・味噌
に関わるのも面白いな」と竹中さんはこの道に決めた理由を話します。
 当初、栄嗣さんは職人として、佳生子さんは経営側として立て直しに奔走。
再び軌道に乗った2007年に、栄嗣さんは正式に社長に就任。「出会い。ご縁で
す。須崎に来て知り合った仲間達、経営者としての先輩達に教えられて、磨か
れて」と当時を振り返ります。従業員は竹中さん夫婦を含めて7人。配達も
社長自らが行います。
 今、丸共印の醤油は5種類あり、年間、1升瓶で4万本を生産、3種類ある味噌
も合わせ、竹中さんは全ての味の責任者でもあります。複数の醤油を混ぜ合せ
いつもの味に調合していきます。一方で竹中さんは、醤油や味噌の新しい味の
研究も欠かしません。「和食が見直され、和食には醤油・味噌はなくてはならな
い調味料なので、僕らにはまだまだやることがある」と竹中さん。地元の食材を
美味しく食べるレシピや調味料を開発しようと試作を繰り返します。味見役は
2人の娘さんです。また、地域に愛される老舗としての活動も続けています。
今月6日には、蔵で味噌造り教室を開きました。以前は家庭で造られ、その味が
母親から子や孫へ受け継がれていた味噌や醤油。佳生子さんが、地域のお母さ
ん役として子供達に伝えていきます。味噌や醤油がこれからも台所の真ん中に
あるようにと、一つ一つできることを積み重ねていきます。
 「そもそも各家庭で味噌は造っていて、手前味噌という言葉があるくらい身近
だった。今更企業秘密もなく、それより親子で造る想い出づくりをした方が、こ
れからのお味噌のためにはいいなと思ってやっている」と竹中さん。
【人生に裏技なんてない 竹中栄嗣】「愚直に静かな闘志を持ちつつも、毎日を
静かにやっていく。丸共の歴史において僕は点でしかない。点がなければ線に
はならない。点としてしっかり役割を果たし、まだまだ続くように頑張りたい」
丸共の屋号に書かれた「共」の文字には、元々複数あった蔵が一緒になった意味が
込められています。須崎で育まれたその味と歴史を守り、さらに育てるため、
須崎の人達と共に四代目の目は、将来を真っ直ぐに見つめています。

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