RKCアーカイブ

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2021.12.08(水)放送

アーカイブ映像で知る「高知の雑学」

今回のテーマは、「高知の雑学」!

かつて「こうちeye」の中で放送していたコーナー「とさ勉」で取材した内容を紹介しました。

一つ目の疑問 
「高知の日本酒は、なぜ辛口?」*平成20年(2008)

高岡郡・佐川町にある創業400年の老舗の蔵元「司牡丹」社長の竹村昭彦さんに教えてもらいました。


まず、「甘口」と「辛口」の違いについて

「日本酒の発酵」に関係しています
①日本酒は、‘米’に‘麹’を混ぜて作ります
②‘麹’によって、‘米のデンプン’が「糖分」に変わります
「糖分」を、空気中の‘酵母’が食べて、‘アルコール’と炭酸ガス’ができる「発酵」がおこなわれますが、気温が高ければ「発酵」が盛んに進み、「糖分」が早く消化されます

→ つまり、糖分が少ないということは、他の酒より‘甘くない‘辛口ということなんです


高知のお酒が辛口な一番の理由は、「高知の温暖な気候」でした。


しかし、あと2つ、他の理由があります。

【問題(1)】その2つの理由とは? ①「米・水」 ②「料理・県民性」
                               どちらでしょうか?


↓ ※正解は、このHPの下 ↓



二つ目の疑問 「高知市の地名の由来」*平成20年(2008)

高知市内には、いろいろな地名がありますが、それぞれ理由があります。
この時、教えていただいたのは、高知県の歴史や地理を研究している「土佐史談会」の副会長・谷是さんです。

谷さんが持っていたのは、「高知市街全図」という古い地図。

これは、明治11年、土佐藩の絵師・河田小龍木版で刷った当時の高知市の様子を記した貴重な地図

実は、高知市の地名は、藩政時代についた名前がそのまま残っているものが多いんです。



「堀詰」→ 江戸時代、この一帯には、城下に物資を運ぶためのお堀があって、ここで、お堀が止まっていたため、その地形から、「堀詰」と呼ばれています。つまり、「地形」が由来でした。



「帯屋町」→ 藩政時代初期の頃、「帯屋勘助」という豪商がいたから。つまり、「人名」が由来でした。

「中種(現在のはりまや橋商店街)」→ 藩主の舟をすぐに出せるようにするため、現在の種崎から漕ぎ手を強制的に移住させ、その出身地から、当時、この一帯は、種崎町と呼ばれていました。種崎町は、上種崎中種崎下種崎に分かれていて、その真ん中にあったから、「中種」と呼ばれるようになりました。

その他、「移住」が由来となった地名は、「唐人町」「蓮池町」

「職業」に由来した地名は、「紺屋町」「細工町」


では、ここで、問題!

【問題(2)】高知市「越前町」の由来は? ①人名 ②越前焼
                        
 どちらでしょうか?



↓ ※正解は、このHPの下 ↓



ここからは、問題の答え


【問題(1)の答え】  正解は、②「料理・県民性」でした。




太平洋側に向いている高知は、赤身の刺身を食べる機会が多く、「辛口」が好まれるとのこと。
逆に、瀬戸内側は、白身の魚を食べる機会が多く、「甘口」の酒が多いのだそうです。


高知県民は、大量にお酒を飲みますが、「甘口」の酒は量が飲めず、たくさん飲める「辛口」の酒があっているそうです。

高知の気候の中で生まれた高知のお酒は、「土佐の食材」と「土佐人の飲み方」にもピッタリと合った、まさしく ‘土佐の酒’ でした。



【問題(2)の答え】  正解は、①「人名」でした。

高知城を築城する時、山内一豊が、近江国・現在の滋賀県から呼び寄せた土木工事のいわばスペシャリスト、「百々越前」の屋敷があったことから、地名が越前町になりました。

町内には、今でも、百々越前の碑が残されています。



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